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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)2386号 判決

原告

島田幸三

被告

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、金三三七五万五三〇〇円及びこれに対する昭和五四年一一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告らの長男亡島田創造(当時六歳で小学校一年生、以下「亡創造」という。)は、次の事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。

(一) 日時 昭和五四年一一月一四日午後三時三五分ころ

(二) 場所 横浜市旭区本村町七一番地先一般国道一六号線(通称保土ケ谷バイパス、以下「保土ケ谷バイパス」という。)の下り八王子方向追越車線道路上

(三) 態様 亡創造が、前記場所の保土ケ谷バイパス上八・六メートルに架設された中沢跨道橋(以下「中沢橋」という。)の南側高欄下部の地覆に足をかけ、砂を入れた両手を高欄外に出して、下方の保土ケ谷バイパスを走行中の自動車をのぞき込むようにしながら、両手の間から砂を落して遊んでいるうちにバランスを失い転落したもの

(四) 結果 亡創造は、頭蓋内損傷兼内臓破裂により即死した。

2  責任原因

(一) 中沢橋は、被告が昭和四八年二月に設置し、以後管理している。

(二) 本件事故は、次に述べるとおり、中沢橋の設置及び管理に瑕疵があつたために発生した。

(1) 位置

中沢橋は、横浜市旭区本村町七一番地先の保土ケ谷バイパス上八・六メートルの高さに架設され、中沢町、四季美台の各住宅地を結び、亡創造が通学していた横浜市旭区二俣川一丁目三三番地所在の二俣川小学校の北東約七〇〇メートル、原告らの居宅の北約一一〇〇メートルにある。

(2) 構造

中沢橋の長さは約六〇メートル、幅員は約六・八メートルであり、路面はアスフアルト舗装が施され、幅員方向両側端には、別紙図面のとおり、その下部を、路面上一八センチメートルの高さを有する地覆に埋設された路面上九四センチメートルの高さを有する鉄製高欄が、橋の全長に及んで設けられている。

高欄は、地覆に下端を埋設させた支柱上に高さ七・五センチメートル、幅一二・五センチメートルの笠木を渡し、支柱下部に、地覆と八センチメートルの距離を有して高さ四・五センチメートル、幅七・五センチメートルの横柵を渡し、支柱間には、その両端を笠木と横柵とに接して縦柵が渡され、縦柵間の距離は一〇センチメートルを有する構造になつている。

なお保土ケ谷バイパスは自動車の通行量が極めて多く、横浜方面に向つて眺望が開け、橋上からこれらを目にすることが可能である。

(3) 用法

中沢橋は人及び自動車の一般の通行の用に供されている。

(4) 利用状況

歩行者に限つていうと、四季美台団地から二俣川方面へ買物に往来する主婦や学童が多くこれを利用し、昭和四八年二月に設置されたころから、二俣川小学校の通学路に指定されている。

(5) 設置の瑕疵

一般に橋の欄干は、歩行者が足を留めて景色を見ようと、或いはこれに倚りかかり、或いは身を乗り出すことが多く、子供とりわけ小学校も低学年の児童や幼児は危険を認知する能力に乏しく、周囲の状況に注意を奪われて、これに地覆や横柵があれば足を掛けることがまれではない。その結果児童や幼児が橋の下に転落する可能性も大きい。中沢橋については、前記のとおり児童の往来が多く、景観にすぐれ、橋の下を通過する自動車も多いから、児童や幼児の右の行動をたやすく予見しうるところである。

本来高欄は、歩行者の転落防止を目的とするものであるから、通常の利用方法(もとより現実の利用方法、利用状況を勘案したものでなければならない。)に照らし、予測することのできるあらゆる危険に対処しうるものでなければならない。児童や幼児の場合に考えられる右の危険に対処するためには、先ず高欄にもたれても高欄から身を乗り出すことができない程度の十分な高さの高欄が必要である。中沢橋の場合高欄の笠木上面までの高さは九四センチメートルしかなく、しかも下部に地覆があり、路面から一八センチメートルの高さが有るから、これに両足を置いた場合、高欄の高さのうち有効部分は七六センチメートルに過ぎない。加えて、地覆は上面の幅が広く、支柱端から橋路面中心線に向い一一センチメートル程張り出していて、足を載せるには都合よくできている。更に横柵に足を掛けた場合には、高欄の高さのうち有効部分は六三・五センチメートルであり、これでは到底十分な高さとはいえない。

陸橋の高欄と同じ設置目的を有する横断歩道橋の手摺については、歩行者の転落防止の安全基準としてその高さが路面から一一〇センチメートル以上と定められており(「横断歩道橋の設計基準について」と題する昭和四〇年九月二七日付道路局長通達、「立体横断施設設置要領(案)、道路照明施設設置基準および視線誘導標識設置基準について」と題する昭和四二年四月二七日付道路局長通達、「立体横断施設技術水準および道路標識設置基準について」と題する昭和五三年三月二二日付都市局長、道路局長通達参照)、また、「階数が三以上である建築物」等一定の建築物については、「屋上広場又は二階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には、安全上必要な高さが一・一メートル以上の手すり壁、さく又は金網を設けなければならない。」と規定され(建築基準法施行令第一一七条第一項、第一二六条第一項)、同施行令第一四四条第八号の規定に基づく「遊戯施設の安全上必要な基準を定める件」と題する昭和五〇年三月三一日付建設省告示第五五八号では、遊戯施設の安全柵の高さにつき一一〇センチメートル以上としなければならない旨規定する(なお同告示には、「安全柵は、縦柵その他これに類するものとし、かつ人が容易にくぐり抜けることのできない構造としなければならない。」と規定されており、子供らが容易に足を掛けられる横柵を排除している。)。これらは、いずれも陸橋の高欄と同じく転落防止を設置目的としている以上、陸橋の高欄の高さ、構造の安全基準について重要な論拠となる。

これを中沢橋にあてはめると、現在ある横柵を前提にすれば、その上面から、横柵を置かず地覆だけに止めれば、その上面から、若し地覆が不可欠のものでなく、これ無しで考えるならば路面から、いずれも一一〇センチメートルの高さの高欄が設置されるべきであつたといえる。現に、中沢橋と同じく保土ケ谷バイパスに架設され、同様の環境にある今井第一橋の高欄は高さ一〇七センチメートル(内地覆部分一五センチメートル)であり、藤塚橋のそれは九七センチメートル(内地覆部分一七センチメートル)であつて、被告はこれらを以て十分な高さとはいえないとの認識のもとに、危険であることを示す標示板の掲げてある意義を認め、高欄内側地覆上に一八七センチメートルの高さを有する金網フエンスを設けているのである。

また、地覆や横柵についても、それらが設計基準に適合しているから問題は無いとはいえず、地覆及び横柵に関する設計基準は、子供が屡々これらを踏み台代わりに利用しており、しかも右利用の蓋然性は、子供が容易に接近できる高欄の性格上相当に高い現状に照らし、歩行者特に子供の安全に対する配慮を欠くものといわなければならない。

更に、本件高欄が通達に定める高さ、構造に適するとしても、それだから設置上の瑕疵がないとはいえない。右通達は最低基準を定めるにすぎず、同通達も九〇センチメートル以上相当程度の高さを有する高欄をも予定しているところ、中沢橋は、前記のとおり橋梁上の展望が極めて良く、学童の往来も多いことから、最も安全対策上の配慮がなされるべきであり、最低基準をやや上回る程度の高さの高欄では不十分である。のみならず、右通達は、その規定に照らし、主として自動車の衝突等による安全対策上の配慮から基準を定めており、歩行者に対する安全対策上の配慮を欠くものといわざるをえない。そうして、歩行者(通行者)の安全対策をはかるという観点から高欄の高さ等を考える場合には、幼児、児童、老人等あらゆる人間の心理と行動を分析検討したうえで転落防止のための安全対策を考えるべきである。

右通達の根拠法令には、高欄についての具体的、技術的基準に関する定めはないが、「道路の構造は、当該道路の交通状況を考慮し」たものでなければならず(道路法第二九条参照)、かつ「道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つよう維持し」なければならない(同法第四二条参照)との原則に基づき右の基準が定められるべきことは当然のこととして、何よりも道路は自動車の交通のためのみならず、地域住民の生活環境の一部として、あるいは通行のため、あるいは子供の遊び場等として機能している現実に照らし、かかる現実を直視した安全対策が施されるべきことは道路法及び条理の要請するところである。橋の高欄は、歩行者特に子供の接近可能性が(子供の場合はその行動特性に照らし転落の危険性も)極めて大きい公共の施設であり、生活空間である。

かかる観点に立つて前記の通達をみると、子供を含む通常人(ないしは通常の歩行者)の心理と行動及び一般橋梁の利用状況等に照らし、いかなる合理性、妥当性を有するかは大いに疑問であり、中沢橋の高欄の高さが、前記通達に定める基準を満たすから、その安全性に問題がないとはいえない。

(6) 管理の瑕疵

前記のとおり、中沢橋の高欄は歩行者の転落防止の目的からみてその安全性に欠けるところ、昭和四八年秋ころ、訴外山本博之ら附近住民が、右高欄に接して金網を張るなどの転落防止措置を講ずるよう横浜市道路局長を通じ、被告に陳情しており、また中沢橋と同じく保土ケ谷バイパスに架設された陸橋である藤塚橋、今井第一橋について、附近住民が昭和五三年四月ころ、高欄に接して金網を張るなどの転落防止措置を講ずべきことを横浜市道路局長及び被告に対して要望し、昭和五四年三月ころ被告は右要望を容れていずれも地覆上約一八七センチメートルの高さの金網を設置した。なお藤塚橋及び今井第一橋には危険であるからのぼることを禁止する旨の標示板が設置されており、被告においても転落の危険性を認識していたものである。

このような陳情があつて以後あるいは金網を設置して以後は、被告は中沢橋について歩行者の転落の危険を認識していたのであるから、危険を示す標示板や転落防止にも役立つ金網を設置する等安全対策上の万全の配慮をなすべきであつたにもかかわらず、これを欠き、中沢橋はその安全性を欠くまま管理されてきた。したがつて、その管理上瑕疵があるというべきである。

(7) 結論

亡創造は前記1(三)に記載した態様の事故により死亡したが、その際の同人の行動は、児童の行動特性を考慮に入れると決して異常なものではない。

亡創造は昭和五四年九月の調査において身長一一七・一センチメートルであり、小学校一年生としてはその平均身長に近く、児童や幼児の重心は成人に比較し割合上方にあるといわれているから、地覆上に足を置き両手を高欄外に差し延べるときは、平衡を失い転落することが十分に考えられる。若し原告らの主張するとおりの高欄が設置され、あるいはその後の適切な管理がなされていれば、亡創造の死亡を未然に防ぐことができた。

亡創造は中沢橋の設置及び管理の瑕疵により死亡したものである。

3  損害

亡創造及び原告らが、本件事故により蒙つた損害額は、次のとおりである。

(一) 逸失利益

(1) 亡創造の逸失利益 金一四九五万三二〇〇円

イ 死亡時の被害者の年齢 六歳九箇月

ロ 就労可能年数 一八歳から六七歳まで四九年間

ハ 平均給与額 金二九五万六〇六五円(昭和五二年賃金センサス第一巻第一表による産業計、企業規模計の男子労働者の学歴計、年齢計の年間平均給与額に五パーセントを加算した額)

ニ 生活費控除 五割

ホ 中間利息控除 ライプニツツ式(係数一〇・一一七)

ヘ 算式

2,956,065円×0.5×10.117=14,953,200円(100円未満切捨て)

(2) 原告らの相続分 各金七四七万六六〇〇円

(二) 慰藉料 金一五〇〇万円

(1) 亡創造の慰藉料 金八〇〇万円

(2) 原告らの相続分 各金四〇〇万円

(3) 原告ら固有の慰藉料 各金三五〇万円

原告らは、最愛の長男を失い、筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を蒙つたので、少くともこれを慰藉するに足りる額である。

(三) 葬儀費用 金七三万三五〇〇円

(四) 弁護士費用 金三〇六万八六〇〇円

(逸失利益、慰藉料、葬儀費用の合計額の一割、一〇〇円未満切捨て)

4  よつて、原告らは、被告に対し、国家賠償法第二条第一項の規定に基づき、損害賠償として金三三七五万五三〇〇円とこれに対する本件事故の日である昭和五四年一一月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1(一)  請求原因事実1(一)、(二)の事実はいずれも認める。

(二)  同1(三)のうち、保土ケ谷バイパス車道中央において路面から八・六メートル上に中沢橋が架設されていること及び亡創造が同橋から転落したことは認め、その余の事実は知らない。

(三)  同1(四)のうち、亡創造が死亡したことは認め、その余の事実は知らない。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)(1)、(2)及び(3)の事実は認める。なお中沢橋の長さは四〇メートル、全幅員は七・二メートル(内路面幅員は六・五メートル)、高欄の高さは九四センチメートル以上であり、橋の保土ケ谷バイパスからの高さは、バイパス車道中央において八・六メートルである。同(4)のうち、中沢橋が二俣川小学校の通学路に指定されていることは認め、その余の点は知らない。

(三)  同2(二)(5)及び(6)について、被告による中沢橋の設置及び管理に瑕疵は無かつた。

(1) 国家賠償法第二条第一項にいわゆる「瑕疵」は、営造物の設置・管理について物的側面に安全性欠如の状態が存したかどうかによつて決せられるものと解すべきであり、その基準として通常の用法に即した利用態様の下で安全性に欠けるところがあるかどうかにより決すべきであつて、予測しうるあらゆる危険を防除する安全設備を要求するなどは明らかに失当な見解である。

(2) ところで、本件橋梁の高欄は、歩行者、走行車両等の転落防止を目的とするものであるところ、右の趣旨を受けて、「橋、高架の道路等の技術基準について」と題する昭和三九年一一月三〇日付道発第四六三号建設省道路局長・都市局長通達によつて橋梁構造の設計基準として採用された「鋼道路橋設計示方書」第七四条第二項は、「高欄の高さは橋面から九〇センチメートルを標準とする」旨規定しており、中沢橋の高欄の高さは、その橋梁路面から九四センチメートルの高さであるから、右の基準を満足しているものである。

ちなみに、右通達はその後廃止され、昭和四七年四月一日以降の設計から適用をみている新たな通達(昭和四七年三月二五日付道企発第一三号、都街発第九号、建設省道路局長・都市局長通達)においても、高欄の高さは「歩道等の路面から九〇センチメートル以上の高さとする」旨規定されている。

(3) また、地覆は、車両が橋の外へ逸脱するのを防ぐために設置する構造物であり、高欄への車両の衝突の影響を緩和し、あわせて橋面排水を誘導するために必要な施設として、前記示方書第七五条でその設置が義務づけられており、また横柵は、高欄の支柱間に設けられる転落防止のための縦柵の支え梁として設置されているものであつて、右の観点から右橋梁には何ら危険なところはなかつた。原告らの主張するような、足を掛けて登り、身を乗り出せば転落の危険があるから、登れるような構造になつていたことが瑕疵となるなどは、到底肯認しがたい独断というべきである。

(4) 以上のとおり、中沢橋の高欄の構造、高さは所定の設計基準に合致しており、実質的にみても通常の用法に従つた利用をする限り、歩行者や通行車両が右橋梁から転落する危険性は全くないのであり、高欄の設置目的に適う安全性を十分に有しているのである。

(5) そうして、被告は、中沢橋の高欄について、通常の利用方法がとられることを前提として、その本来の目的すなわち歩行者、走行車両の転落防止の目的が達成されるようにこれを設置し、管理しておれば、何ら瑕疵はないというべきであり、右高欄の構造、高さは、右のように通常の利用方法をとるかぎり全く転落の危険はないのであるから、被告の中沢橋の設置、管理について瑕疵はなかつたというべきである。

ちなみに一般国道において、九〇センチメートルから一メートルの高さの高欄が設置された道路橋は、橋長二〇メートル以上につき、全国で四九五三橋を数えるが、他に本件のような事故例は皆無である。

(6) 亡創造は、本件事故当時中沢橋の地覆から高欄の横柵によじ登り、更に上半身を高欄上面をこえて中沢橋外の空間に乗り出し保土ケ谷バイパス上を通過する車両に砂を落す行動に出、つい熱中する余り爪先立つなどして一段と身を乗り出しすぎた結果バランスを失い頭から先に落下するに至つたものである。亡創造の事故当時の身長は一一七・一センチメートルであり、その重心は足元から約六七センチメートルに位置していたと推認され、地覆に登つたとしても、重心は高欄の上端より下の位置にあり、また、横柵上によじ登つてもそのままで両足を横柵上にしつかりと踏まえ、身体を直立して両手で高欄上面や笠木をつかむなどしていれば落下することはなかつたはずである。

(7) このように、本件事故は、右のごとき亡創造の全く予測しがたい異常な行動のみによつて惹起されたものであり、中沢橋にこのような行動から生ずる危険まで防除しうる設備がなかつたからといつて、被告の右橋梁の設置・管理に瑕疵があつたなどとは到底いえないこと明らかである。

(8) 原告らが指摘する横断歩道橋、建築物及び遊技施設は、その利用形態を陸橋とは異にしている。すなわち、横断歩道橋は、歩行者の通行を主たる目的とし、その構造上幅員が狭隘なものが多く、歩行者は高さ及び足場の狭隘さからくる危険感を持つことをよぎなくされる施設であり、また建築基準法にかかる建築物のバルコニー等は、もともと狭隘な場所であり、しかも日常頻繁かつ多目的に利用され、手摺に接触する機会が非常に多い施設であり、遊戯施設における安全柵は、遊戯施設そのものが危険性を有しており、しかもその利用者のほとんどが児童等であることから、施設への所定の出入口以外からの出入りを防止あるいは抑止することを主たる目的とするものである。

これに対し、陸橋は、幅員も広く、高欄に接触する頻度も少なく、子供でも容易に危険に対する認識が可能な施設であるから、高欄等の高さの基準について、施設の目的、用途等を考慮することなく、一律にその高さを比較するのは失当であり、陸橋の高欄の高さが前記の諸施設に関する基準と同程度でなければならないとする原告らの主張は理由がない。

なお昭和四〇年九月二七日付道路局長通達及び昭和四二年四月二七日付道路局長通達はいずれも廃止され、昭和五三年三月二二日付都市局長、道路局長通達によれば、横断歩道橋の手摺の高さは路面から一メートル以上とされている。

(9) 中沢橋と同じく保土ケ谷バイパス上に架設されている今井第一橋及び藤塚橋に設置された金網は、投石等の悪戯を防止し、陸橋下を歩行する自動車の利用者の安全を維持するために設置されたものであり、歩行者の転落の危険を予測してその防止対策として設置されたものではなく、また標示板は被告とは関係なく訴外太洋不動産興業株式会社が設置したもので、これによつて被告が転落の危険を認識していたということはできない(なお、昭和四八年秋ころ被告に対して陳情がなされた事実はない。)。しかも中沢橋の高欄は、前記のとおり必要な安全性を具備しているのであるから、右のような工作物設置の有無と中沢橋の高欄の瑕疵の存在とには何ら関係がない。

なお、東名高速自動車道上の陸橋に設置された金網も右の金網と同じ目的で設置されているのであるから、右と同様中沢橋の高欄の瑕疵の根拠とはなりえない。

3  同3(一)ないし(四)の事実はいずれも知らない。

理由

第一本件事故の発生

一  請求原因事実1(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。

二  同(三)の事実のうち保土ケ谷バイパス車道中央において路面から八・六メートル上に中沢橋が架設されており、亡創造が同橋から転落したことは当事者間に争いがないが、本件事故の態様については、直接にこれを明らかにする資料がない。

1  証人高田うい子、同大倉入江の各証言によれば、亡創造は、事故当日友人高田利治及びその弟と共に、同人らの自宅や通学する二俣川小学校とは保土ケ谷バイパスをはさんで反対側にある四季美台の住宅地に住む別の友人宅を訪れ、その帰途中沢橋上で、路面の砂を拾い集めこれをバイパスに向つてこぼし遊んでいたが、たまたま買物へ行く途中通りかかつた大倉入江に、両手を橋外に差し出すのは危険であるからやめるようにと注意された事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

2  亡創造の事故当時の身長が一一七・一センチメートル程度であつたこと及び中沢橋の構造(請求原因2(二)(2)の事実)は当事者間に争いがないから、亡創造が橋路面に足裏を接して直立した場合、笠木上に出る部分は二三・一センチメートルであり、両手を橋外に差し出したとしても、そこから転落する可能性は殆んど無いものと考えられる。次に地覆上に足裏を接して直立した場合、笠木上に出る部分は四一・一センチメートルであり、この場合にも、両手を橋外に差し出したとしても、転落の可能性は少ないものと考えられる。というのも、単に両手を差し延べるだけでは、笠木と身体との接点を支点として転落する方向に働く回転能は極めて小さいし、腰の位置は笠木より十分下にあると考えられるから、上体を橋外に乗り出すことができないからである。ところが、亡創造が足裏を横柵上に接して立つた場合を考えると、笠木上に出る部分は五三・六センチメートルとなり、腰の位置は笠木に近く、上体を橋外に向けて曲げることが十分可能であり、若し砂をこぼしつつバイパス上の自動車の動静に注意を奪われる等したときには、別紙図面のとおり横柵は笠木の真下にあつてその幅が狭いので下半身は直立させざるを得ないのであるから、笠木を支点として曲げられた上体と更に伸延した両手とがもたらす回転能を、僅かに足裏と横柵との摩擦抵抗を以て支えるという危険な状態に陥り易いものといわなくてはならない。

そうすると前記1に認定した事実をも考慮すれば亡創造は、足を地覆に載せたうえ更に不自然な姿勢をとるか、或いは横柵に足を掛けかつ上体を橋外に倒した状態で遊んでいるうちに、身体の平衡を失い転落したものと推認することができる。

三  亡創造が前記転落により死亡したことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いがない甲第二号証によれば、右死亡の原因は、原告主張のとおりであると認められる。

第二責任原因

一  請求原因事実2(一)の事実及び(二)の(1)から(3)までの事実は当事者間に争いがない。(もつとも、成立に争いがない乙第三号証によれば、中沢橋の長さは四〇メートル、全幅員は七・二メートル(内路面幅員は六・五メートル)である。)

二  請求原因事実2(二)(4)の事実中中沢橋が二俣川小学校の通学路に指定されていることは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いがない甲第一四号証の二によれば中沢橋を通学路に指定した二俣川小学校生徒のうち、同橋を登下校に利用すべく予定された児童は、昭和五四年一一月現在で約一六五名、昭和五六年一月八日に至り一七一名となつていることが、また証人大倉入江の証言によれば四季美台の住宅地に住む者は、相鉄線二俣川駅を利用するために、或いは買物をするために中沢橋を平生利用していることがそれぞれ認められる。

三  設置の瑕疵について。

1  原告本人島田幸三の供述及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証、成立に争いがない甲第一七号証、乙第七号証、その趣旨及び方式により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一六号証の一から六五まで並びに証人佐藤新三郎、同岩田容子、同大倉入江の各証言並びに検証の結果を総合すると次のような事実が認められる。

(一) 中沢橋は、歩車道の区別がなく、同橋が供用開始された当時、その高欄が低きに失するとして不安を覚える者もあり、本件事故発生以前にも、高欄から身を乗り出して保土ケ谷バイパスを走行する自動車を見ていたり、あるいは橋の上からバイパスに向い石を投げたりする子供がいて、附近の住民や父兄らは、右のような危険な行為を注意したりしており、またその危険性も話題になつたことがある。

(二) 他方、二俣川小学校においては、学童の登下校の交通に支障となる物、場所を指摘し、その改善を図るなどとしていたが、中沢橋がさような趣旨で指摘されたことは無い。わずかに、本件事故の発生前に、子供が中沢橋から投石をしたので児童に指導を与えられたいとの警察の申入れがあつたのみである。

(三) 地覆は一般に橋の幅員方向の両側において、自動車が橋の外に逸脱するのを防ぐために、石、コンクリート、鋼材などを用いて設置される構造物であつて、自動車の乗越防止、高欄への影響緩和の目的を達するためには、一定の高さ(通常一〇センチメートルを最低とする。)と、高欄側面より橋路面中心線に向つての一定の張り出し(通常一〇センチメートルを最低とする。)とを要するものである。

(四) 一般国道において中沢橋のごとく九〇センチメートルから一メートルの高欄が設置された道路橋は、橋長二〇メートル以上のものが全国で四九五三橋あるが、他に本件事故のような例は無い。

(五) 昭和五四年度における小学生の平均身長は、六歳児が男子一一五・五センチメートル、女子一一四・七センチメートル、七歳児が男子一二一・二センチメートル、女子一二〇・四センチメートル、八歳児が男子一二六・六センチメートル、女子一二六・〇センチメートルである。

2  右認定の事実に基づいて中沢橋に設置上の瑕疵があつたかどうかを以下に判断する。

(一) 中沢橋には自動車用の防護柵が設けられず、高欄とその下部に地覆が設置されており、高欄が、少なくとも歩行者の転落防止を目的とするものであることは明らかである。

ところで、そこで保護される歩行者とは背丈の小さい幼児から成人までを含み、単に橋を渡ることだけを目ざしている者だけでなく、佇立し、橋外を見遣り、指さしなどする者を含むことはいうまでもない。

高欄の高さ、構造は右の考慮をなしつつ、交通量、負荷、施工の難易などの事情をも勘案して決定されるべきものと考えられる。

中沢橋に設けられた高欄についていえば、先ず地覆は前述の目的に資するためには、歩車道の区別のない路面の場合、別紙図面のとおり高欄下部に位置する外はない。もつともその高さが一八センチメートルを要するかについては、これを判断する資料が無い。

柵については、縦柵を用いており、逆に横柵を数本渡すこととの利害得失は必ずしも明らかでないが、本件事故に照らすと、足をかけて倚りかかることができないという意味においては前者が勝るということができる。その意味で中沢橋では、縦柵の下端を受けて渡つている一本の横柵は、その効果を減殺している。もつとも縦柵一本一本をすべて橋本体又は地覆と結合させることは、支柱だけを地覆打設時に設置し、他は熔接するという簡易な工事に比較し、相当の困難を伴うものと想像される。

高欄の高さ九四センチメートルは、足を路面に置く限り、成人の腰の位置を下まわらないものと考えられ、転落防止に必要な高さを満しているといいうる。高欄の地覆より上の部分は七六センチメートル、横柵より上の部分は六三・五センチメートルあり、これらに足を掛けたとしても、通常は、笠木等につかまつたりするから、高欄の笠木、縦柵と相まつて、転落防止の目的からみてその高さに問題はない。

(二) 原告らは、高欄と設置目的を同じくする横断歩道橋や建物屋上の手摺等の高さの基準と比較したうえで、中沢橋の高欄の高さが不足するように言うが、横断歩道橋は歩行者の通行を主たる目的とし、その幅員は狭隘なものが多く、通行者が橋梁路端を通行し高欄に接触する頻度が相当に高いことから、危険感を持つことをよぎなくされる施設であり、建築物のバルコニーは、もともと狭隘な場所であり、しかも屋上とともに日常頻繁かつ多目的に利用され、手摺に接触する機会が非常に多い施設であり、遊戯施設における安全柵は、遊戯施設そのものが危険性をもち、その利用者は児童等がほとんどであるから、所定の出入口以外からの出入りを防止あるいは抑止することを主たる目的とするものであり、このように、一般通行の用に供する陸橋とは利用形態、形状が異なるのであるから、高欄、手摺等の高さについて同一に論じることはできない。

(三) 一般に、公の営造物は、その設置目的にてらし通常備えるべき安全性に欠けるところがなければ、設置管理者において通常予測することができないような、かつ通常の用法に即しない行動の結果事故が生じたとしても、これを以て営造物の設置又は管理の瑕疵によるものとすることはできない。

(四) 亡創造の行為は、地覆或いは横柵に足を掛けたことを以て直ちに、右の、通常の用法に則しないものとすることはできないにしても、上体を極度に前傾させ或いは両手を差し出しなどして遊ぶに至つては、設置管理者の通常の予測を超え、かつ通常の用法に則しない行動といわざるを得ない。

たしかに、検証の結果によれば、中沢橋から得られる景観は良好であり、橋下の保土ケ谷バイパスを通過する車両も高速で流れるように走行しているので、橋を通行する児童の関心がこれに奪われることがあることは、これを肯うこともできる。しかし、跨道橋を通行する者にも事故を回避すべき応分の注意義務があり、自ら危険な行動に出る者についてはその程度も大きいと考えるべきであり、右の事情は先の判断を揺がすに足りない。

(五) 以上の次第であるから、中沢橋に設置上の瑕疵があつたとする原告の主張は理由がない。

四  管理の瑕疵について

1  前掲甲第七号証及び証人佐藤新三郎の証言によれば、昭和五一年ころ、中沢橋で主婦が自殺したことから、地元住民らが、訴外横浜市に対し、中沢橋の高欄とガードレールの間に隙間があつて危険なので、ガードレールを高欄までのばすよう陳情し、その結果ガードレールが高欄に接続された事実は認められるけれども、右陳情の際、高欄そのものが低くて危険であるから、金網を設置するなどの安全対策を講ずるよう横浜市に陳情したかどうかは明らかでなく(甲第一六号証(昭和五四年一一月一六日付陳情書)の記載は、以前にも金網の設置を陳情したことがあるかどうか必ずしも明確ではなく、また証人佐藤新三郎の供述も伝聞であるなどにわかに信用できないし、甲第六号証の記載、原告島田幸三本人の供述も直ちに採用できない。)、本件事故発生以前に、被告に対し、中沢橋の高欄に関して、危険であるからその改善を要望したことを認めるに足りる証拠もない。

2  証人清水源太郎、同土屋芳雄の各証言及び検証の結果によれば、中沢橋と同じく保土ケ谷バイパス上に架設された藤塚橋(横浜市保土ケ谷区今井町二三一番地の三地先所在)及び今井第一橋(同市同区同町三一二番地先所在)には、本件事故発生以前に、その高欄に接して金網が設置され、また「危険ですのぼらないでください」と書かれた標示板がとりつけられており、これらは、昭和五三年に藤塚小学校の児童が陸橋の上から傘を落したことが契機となつて、父兄から高欄の改善の要望が出たため、地元の自治会が訴外太洋不動産興業株式会社に対して右標示板の設置を依頼するとともに、附近住民らが被告(建設省横浜国道事務所)に対し、高欄の改善方の陳情をした結果、標示板は昭和五三年に、右会社によつてとりつけられ、金網は、昭和五四年三月初めころ被告(右横浜国道事務所)によつて設置されたものであることが認められるけれども、本件全証拠によるも、右の陳情に際し、子供らが高欄に登つたりして保土ケ谷バイパスを走行する車両を見たりして、転落の危険がある旨の苦情が出たことは認めるに足りない。

3  また、東名高速自動車道上に架設された陸橋の写真であることに争いがない甲第九号証の一八ないし二四によれば、東名高速自動車道上に架設されている陸橋にも、その高欄に接して金網が設置されたり「あぶない」と表示された標示板が設置されたりしている事実が認められるが、証人土屋芳雄の証言から推測すれば、この金網は、陸橋からの投石を防止する目的で設置されたものであり、転落防止の目的から設置されたものではないと思われる。

4  以上の次第であるから、中沢橋と同じく保土ケ谷バイパスに架設された藤塚橋及び今井第一橋の高欄に設置された金網、標示板については、前記認定のごときその設置の経緯からみて、被告において高欄からの転落の危険性を認識して設置したものとは認められず、東名高速自動車道上の陸橋についても同様である。また、証人土屋芳雄の証言によれば、中沢橋は、同じ保土ケ谷バイパスに架設された藤塚橋と比較すると、人車の通行量は三分の一程度であることが認められ、この事実と中沢橋に関し本件事故発生以前に被告がその改善方の陳情を受けた事実も認められないこと、前示のとおり中沢橋の高欄は、設置当時その安全性に欠けるところはなかつたことを総合考察すれば、被告が中沢橋設置の後金網を設置したり、高欄にのぼらないようにとの標示板をとりつけたりしなくとも、その管理に瑕疵があるということはできない。

第三結論

よつて、中沢橋の設置及び管理に瑕疵があつたということはできず、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三井哲夫 曽我大三郎 竹内民生)

別紙図面 中沢橋高欄断面図(支柱17)

〈省略〉

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